私が37年前に高専に行こうと決めた理由【高専って何?】

コラム

<コラム>

私は高専を卒業して約25年経ちます。

高専って、中学校を卒業して5年間通う、変わった学校なのです。

そんなところに私が「行きたい」と思ったのは小学校5年生の時(37年前)。

何故、そのような変わったところへ行こうと純粋無垢な小学校5年生が考えたのかを紹介します。

 

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きっかけは「親戚のお兄ちゃん」

もったいぶった書き出しでしたが、高専に通っている親戚のお兄ちゃんの影響を受けたというのが答えです(^^;

 

ですが、身近に高専に通っている人がいれば自動的に通いたくなるかというとそうではなく。。

 

私はそもそも、その親戚のお兄ちゃんのことが大好きでした。

そのお兄ちゃんは、ざっとこんな感じ。

  • 私の11歳年上
  • 私のばあちゃんの妹の息子
  • お盆と正月に遊んでくれていた
  • お年玉をたくさんくれた
  • 身体が大きくて優しかった
  • バットとボールで遊ぶときにいつもキャッチャーをしてくれた

私の家からは車で2時間ぐらいのところに離れて住んでいて、年に数回会う程度でした。

そんな会う機会があまり多くはなかったんですが、会った時は必ず遊び相手になってくれて、何だか包み込んでくれているような感じのするお兄ちゃんだったんです。

 

このお兄ちゃんが高専に通っていたことを知ったのが、私が小学5年生(11歳)のときでした。

その時は、お兄ちゃんは既に高専を卒業し・関東地方に就職していたんですが、何かの拍子に、私の父親に、このお兄ちゃんがどこの学校に通っていたのかを聞いて、初めて高専だったことを知ったという記憶が残っています。

 

その時に「俺も高専に行きたい」って思ったんです。

そこから始まった「高専って何よ?」

高専に行くきっかけは親戚のお兄ちゃんの存在でしたが、高専が何者かは知らなかったんです。

大好きなお兄ちゃんが通っている学校だし、自分も同じようになりたいんだと考えたわけですから、高専が「変なとこ」だなんて、その時は知っている訳がなかったんですよ(^^;

 

それから、「高専って何よ?」って知りたくなって、いろいろ大人に聞きました。

当時の大人に聞くとこんな答えが返ってきていました。

  • 5年間通う
  • 工業系の学校
  • 偏差値高め(田舎者から見るとインテリ集団)
  • 寮生活をする
  • 男が多い

 

何か変なのって思いもせず、興味が湧いてきました。

高専に行きたいと考える前まで、私の将来の夢は覚えている限りは下記の通りです。

  • 野球選手
  • 会社の社長

 

何とも捻りのない、言葉を選ばず書くなら「クソつまらん」夢ですよw

 

それなのに、高専=工業系 という紐づきがあることが分かり、

自分はモノ作りや絵を描くこと(学校では図工)が好きで、外で遊ぶことよりも何か細かい作業を部屋の中で黙々とすることをしていることが多いのに気づきました。

 

私の父親も工業高校の出身だったせいもあってか、気付くと、家には電気工具や木工工具がたくさんありました。

また、じいちゃんは手先が器用で、竹細工や刺繍なんかを作って家の中に飾っているものも多かったんです。

自分の周りにはモノ作りに関するものが多く、知らず知らずのうちに、そんな環境で育っていました。

なので、工業系の道にすんなり入って行くことができたんだと思います。

高校進学でも一切ぶれず、高専一本

小学校5年生の時に「高専に行く」と決めて、特に何をする訳でもなかったんですよ(^^;

田舎者にはなかなかハードル高いよって聞いていましたが、勉強に熱心になるわけでもなく、、

しかし、高専に行くという気持ちは全くブレませんでした。

 

高校進学が近づいてきた中3の時、先生から諭されるまで高専の他の公立高校の願書のことなんて一切準備しませんでした。

高専落ちたらどうするの?県立も願書出さなきゃ って先生に言われた記憶はあります。

でも、結局どのように準備したのかしなかったのか全く思えておらず・・

※かなりのんびりしてボーっとした性格だったので、必要なら誰か教えてくれるだろ 程度でした。

 

ヘンな自信でもないのですが、高専に行くこと以外考えられなかったんです。

模試では点数が厳しかった記憶がありますが、幸いなことに推薦してもらえることになりました。

これも、高専一筋の念のお陰でしょうか(^^;

 

そんな一本気なのか、ぼんやりしていただけなのか、、、そんな感じでしたが

たまたま推薦もらって合格もできてしまったというオチです。

 

高専を目指そうとしている若者には一切役に立たない経験談でしたが、ひょっとしたら、「高専に行く」と決めた日から、潜在意識の中で日頃の勉強や生活を送っていたのかもしれません。

 

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